【50代の生き方】大人の引きこもり&「5080問題」

コラム

50代は人生悲喜こもごもです。

成功した人、お金持ちになった人もいれば、そうでなかった人もいます。夢を叶えた人もいますが、そうではなく第2、第3希望の人生を歩んでいる人もいます。それでも多くの人が頑張って、人生の後半に突入しています。

自立できない大人の引きこもりと「5080問題」

しかし中には50代になっても世の中とは無縁、引きこもっている人もいます。

引きこもりは昔は子供や若者が対象と考えられていましたが、その「子供」変わることができずに大人になっているのです。

最近は自立できない大人の引きこもりと、その年老いた親の生活問題を「8050問題(はちまるごーまるもんだい、はちじゅうごじゅうもんだい)」と呼んでいます。

80代の親が50代の子どもの生活を支える、中高年ひきこもりを抱える世帯を象徴した言葉です。今後はさらに「9060問題」へ移行するという悲劇的な観測もされています。

私には引きこもりの身内がいます。以下は実際に感じている個人的な意見ですので、予めご了承ください。異論が出ることは承知で本音を書かせてもらいます。


50代の引きこもりはかなり厄介

大人の引きこもりは厄介です。「引きこもり」といっても、おとなしく自分らしく暮らしているのではなく、その多くが他人を妬み卑屈で攻撃的、憎しみを力として生きているのです。すでに二次、三次障害を起こしていて、精神疾患としてもかなり面倒なことになっていると思います。

そのため親族や近所の人も迷惑を被っていたりします。

精神障害を抱えている場合も多く、暴力的で何をされるかわからないため、多くの人が関わりを持ちたくないと思い無視します。すると「構って欲しい」引きこもりはさらに迷惑をかけて関心を引こうとします。

さらに厄介者扱いされるのです。

引きこもりのほとんどは結婚もせずに単身です。そのため失うものはありません。子供がいたり地位があったり、失うものがある身近な人を貶めることに生きがいを感じています。

そして「自分が引きこもっているのは〇〇のせいだ」などとなんでも人のせいにします。

救いようがないのです。

それでも本人は自己固定感は低いもののプライドだけは高く、周りを自分の思うようにコントロールしないと気が済まないのです。

本人は治らない 支援が必要なのは周りの人たち

支援団体などは「一番大変なのは本人だ、もっと支援しなくては」「対話が必要」などと他人事のように偽善発言をしますが、はっきり言って引きこもり本人を支援するのは無駄です。何をしても変わることがないからです。

私はむしろ引きこもりの嫌がらせによって被害を受けている家族、親族、そして近所に住んでいる人たちを支援する方が大事だと思います。

以前70歳を過ぎた元農水事務次官のエリート官僚が引きこもりの44才の長男を殺害した事件がありました。

様々な意見がありましたが、その多くが被告を擁護するものでした。引きこもりの長男が死ななければ終わらなかった地獄の生活がそこにはあったのでしょう。

50代の人生は様々ですが、やはりなんでも人のせいにして引きこもっている人には、共感もしませんし同情もしません。

「大人の引きこもり」には関わらないという選択肢も

もし身近に当てはまるような人がいたら、あるいは誰かに相談されたら、関わらないことも重要な選択肢の1つです。なぜなら大人の引きこもりは専門家でも医者でも治療できない、根が深い問題だからです。変に支援しようと関わると抜けられなくなり、自身も攻撃の対象になる恐れがあります。そうなってからでは遅いのです。私のように身内にいた場合は逃げるのは難しいですが、できる限り遠ざけてください。「助けてあげよう」などと思わないでください。そうしないとあなたと家族が崩壊することになります。

前述の元農水事務次官の家では、引きこもりの妹は「これでは結婚もできない」と将来を悲観して自殺したそうです。そんなことがあっても引きこもりにとっては他人事、変わらないし終わらないのです。

「失うものがない」引きこもりは家族や周囲を破壊する恐ろしさと破壊力を持っているのです。そして死ぬまで変わることはないのです。

以上はあくまで自らの体験に基づく個人的な考えです。私は支援も治療も無駄だと思っていますが、様々な考えがあることは否定しません。ぜひそれぞれの考えとスタンスで大人の引きこもり、5080問題と向き合っていただけたらと思います。

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